2013年09月26日

『 恋よ恋命シンクロ草の花 』妄恋575交心vq2609



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 妄恋575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★










★ 妄恋575交心vq2609

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恋よ恋命シンクロ草の花

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☆☆☆ 唯呼さんの『 食べたいよぅ~~ 』 への尻取り都々逸交心です。 ☆☆☆
 





 >♪ 這えば立て立て 立ったら歩け
           親じゃなけれど愛しくて~   唯呼


           親じゃなけれど立つのは嬉し
    愛し愛しの立ち姿   仁



 > 本来の面目坊 が立ち姿一目見しより恋とこそなれ   一休



    立ったら歩け赴くままに
           巡り逢うものみな花よ   仁



           這えば立て立て一途に向かえ
    恋し愛しと抱かるる   仁



 ご自愛専一。
 念には念を入れて。







★ 都都逸で交心v13q092606

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這えば立て立て一途に向かえ

恋し愛しと抱かるる


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 本来の面目坊というのは内なるもう一人の自分、自分のほんとうの主人公をいうのでしょうね。
 自分でこれがほんとうの自分だと思っている自分も、それは外部の自分、世間が見ている自分なんです。欲や分別で作られていく自分像なんです。外部との関係で形成されていく自分で、外部との関係が変われば自分も変わる。ある意味あなた任せの自分なんですね・・・

 もし外部との関係がなくなったら、どんな自分がいるのでしょう・・・


 寂しい寂しいと、人に縋りたくなる自分がいるのでしょうか・・・
 人は独りで生まれてきて、独りで死んでいくんです。その独りでという時の独りでが本来の面目坊なんだと一休さんはいっています。生まれたまんまの命そのものを本来の面目坊というのです。まだ何者にもなっていない空なるものです。外部に触れて形を持ち、外部に応じて変化していくものが自分なんでしょうけれど、その大本の空なる命が本来の面目坊だというのです。

 面白いですね。
 これといって決められない、無限に変化していく者が本来の自分だというのですから。どんな者になっていくのだろう・・・ワクワクします。
 そんなワクワクさせてくれる者が自分の中にいるもう一人の自分だと気がついたら、もう、そのもう一人の自分に恋してしまうよ。このもう一人の自分に恋することくらい面白く、夢中になれる恋はないよ、と一休さんは誘いかけてくるんです。



 あら楽よ恋は夢幻よ秋の風   仁


 赴くままに今ここが花



 君と吾とは命同胞 面目坊の恋交じり   仁



 自分の中の面目坊に恋をすることは、君の中の面目坊と恋をすることと同じことなんです。面目坊同士の命の共鳴共振が恋なんです。この命の共鳴共振を恋弥勒というんです。



 恋よ恋命シンクロ草の花   仁


 相和しつつも魂も躍りぬ






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